だれの期待にも応えない

高校生のわたし

たまに、高校生の時の夢を見ることがある。

あれからかれこれ10年は経った。

 

高校生の時、わたしはバスケット部だった。

 

夢の中のわたしは一生懸命走る、ボールを持ってリングへ向かう。

しかしいっこうにシュートが決まらない。焦る。

がんばってがんばって、でもなぜだか失敗する。まわりは顕著にため息を漏らす。

どうにかしなきゃ!と焦るのに、空回る。そうこうしているうちに目が覚める。

 

 

 

数カ月前、この夢が頻繁に訪れた時期があった。

これは何かのサインかな、と思った。

高校生の頃の自分に語りかけてみる。

 

 

「あの時、ほんとうは何を感じていた?」

 

 

期待に応えられないダメなわたし

監督の、チームメイトの、観客の、みんなの期待に応えなきゃ。

良いプレーをしないと、勝利に貢献しないと、みんなの望む「わたし」を見せないと。

 

嫌われてしまう。

存在価値をなくしてしまう。

誰からも認められない。。。

 

 

上手いチームメイトと自分を比べてしまう。

もっとがんばらないと、彼女たちに追いつかないと。

練習も試合もいつも焦りと恐怖ばかり。

いいプレーができても、いやまだだ。

もっと、もっと。わたしはダメだから、頑張らなきゃ。

 

大好きなバスケットを、純粋に楽しめなくなっていた。 

 

 

わたしはなぜバスケットをするのか

そもそも、わたしはなぜバスケット部に入ったんだっけ。

 

監督に褒められるため?

いいプレーをして同級生や後輩に自分の価値を認めてもらうため?

試合に勝つため?

 

 

ぜんぶ、違った。

ただバスケットが好きで、バスケットをしているとき最高に楽しいから。

 

苦しかったあの時、

わたしの目的はスポーツそのものを楽しむことではなくなっていた。

わたしは周りよりできないから、頑張る。頑張って、認めてもらう。

 

 

人の期待に応える生き方をやめる

「苦しかったね。でもそれも終わり。これからは自分で幸せを見つけていこう。」

高校生のわたしを抱擁し、別れを告げる。

 

なにかをやるのに、理由はいらない。

やりたいから。楽しいから。それをやっている時、最高に幸せだから。

 

 

 

今のわたしは、自分に問うことができる。

 

「今、あなたは楽しいですか?幸せですか?」

 

頑張りそうになった時、

「誰もいなくても、あなたはそれをやり続けますか?」

 

 

答えがYesなら、それでいい。進もう。

 

 

 

 

人の期待に応えない。じぶんの幸せがすべての基準。

高校生のわたしが教えてくれたこと。